キング・クリムゾン Larks' Tongues In Aspic BOX (2012) ジェイミー・ミューア在籍期 アルバム『太陽と戦慄』完成までの軌跡を聴く

2021年4月10日土曜日

[サラウンド 5.1ch 7.1ch ドルビーアトモス] [映像] 音楽 [音楽] プログレッシヴ・ロック


13CD・1DVD・1Blu-rayの計15枚組のこのボックスに収録された全てのライブ音源を聴き通して分かるのは、バンドがツアーを通じてアルバム用の楽曲を磨き上げていったこと。そしてライブでは毎回何曲かのインプロビゼーションを繰り広げ、ロックバンド形態による全く新しい音楽表現を試みたこと。
その野心に満ちたメンバーの創造力が、手探りの状況から徐々に確固たるものに変化してゆく様を、こうして過去の音源を順に聴いていくことで追体験することができた。

このボックスは必然的に全ての音源がジェイミー・ミューア在籍期で構成されていて、全て聴き終えるとその影響力の強さが次第に理解できてくる。
『Larks' Tongues In Aspic』というアルバムタイトルもミューアの一言で決まったという。

ミューアがバンドを去った後はブルフォードが一人でその役目も引き継ぎ、さらにはパット・マステロットに引き継がれていく。ミューアの短い在籍期間の活動がキング・クリムゾンの長い歴史に影響を及ぼしている。



Lark's Tongues In Aspic: 40th Anniversary Series [CD+DVD-A (NTSC)+BD]



Disc 1&2.CD The Zoom Club, Frankfurt 1972/10/13
このラインナップでの初ライブはいきなりドイツから。
Disc 1に収録のインプロ2曲はちょっと垢抜けないかなぁ、と感じる。
Disc 1『3.Zoom』ではラメントなど後の楽曲の断片が聴かれる。途中ウェットンが自らのベースとユニゾンで歌う場面に面白味がある。その後のフリップのギターもかなりノリが良い。
Disc 1『4.Improv : Zoom Zoom』45分以上もある長尺だが通して聴くには冗長と感じる。終盤、フリップのジミヘン的なギターからの白熱の展開が聴き所ではある。
呪術的な熱のこもったDisc 2『5.The Talking Drum』を経てのDisc 2『6.Larks' Tongues In Aspic (Part II)』これはただ事ではなかった。音楽からなにか禍々しいものを引き出そうとするような意図すら感じ、この楽曲が本来持っている暗黒のポテンシャルを知る。

Disc 4&5.CD Hull Technical College 1972/11/10
この音源はクリアな音質では無いものの各楽器の分離は割と良く、特にドラムやパーカッションを立体的に捉えていている点が優れている。歪んだ音質からアンプ音量のデカさが伺え、会場の臨場感が味わえる良い録音だ。
1枚目のDisc 4では『5.Improv I Vista Training College Under Spot Light』が楽しい。全員で「ジャーン!」とやる電化マイルス風、あるいはマハヴィシュヌ・オーケストラ風なイントロで開始。前半はドラムとベースが互いに譲らないといった感じでヒートアップしてゆく。そこから生まれる攻撃的なグルーヴに圧倒される。全体で30分近い長尺のインプロだが構成感があり多彩な展開で最後まで飽きることなく楽しめる。
2枚目のDisc 5『3.The Talking Drum』ミューアのパーカッションが呪術的で闇の世界から聴こえてくるかのようなホラーテイストで盛り上げる。ダテに口から血糊を吐いている訳じゃない。しかし続く『4.Larks' Tongues In Aspic ( Part II )』でのミューアは主張し過ぎというか正直やらかしてる感がある。そのせいなのかは分からないがミューアが曲を破壊している最中にクロスが数え間違いをしてしまっている。
アンコールの『5.21st Century Schizoid Man』はイントロが始まった時から楽しさ満点。ウェットンの歌唱がとんでもなくワイルドでカッコ良過ぎる。フリップのソロもやりたい放題に弾きまくっているのが快感で耳が釘付けに。さらにブルフォードはムキになって叩きまくっているとしか思えない凄まじい手数だ。
最後には日本人2人のファンによるジョン・ウェットンへのインタビューがオマケとして収録されている。

Disc 6.CD Guildford Civic Hall 1972/11/13
音質は高音域が強めでシャカシャカしていて歪みがあるが、ある程度クリアな音質。ドラムの高速ハイハットやロールの嵐などがちゃんと聴こえる反面バスドラは余り聴こえてこない。
会場は特定の楽器のボリュームが大きくなると他がマスキングされやすい環境だったようで、場面によっては例えばギターばかり大きく聴こえたりする。
『1.Larks' Tongues in Aspic ( Part I )』迫真の演奏で途中までは完成版にかなり近づいている。
『2.Book Of Saturday ( Daily Games ) 』は前曲から繋る構成。ウェットンの歌唱の魅力に惚れ惚れさせられた。
『3.Improv : All That Glitters Is Not Nail Polish』これは3日前のハル・テクニカル・カレッジと同傾向の曲調。即興でありながら曲として十分に成り立っている。全員が素晴らしい演奏を繰り広げるが特にブルフォードのドラミングが極まっていて、嵐のような手数がスゴイことになっている。ファンクでサイケデリックなフリップのプレイも気迫のこもったもので、どんな様子で弾いているのか映像で観れたら面白いのにと思う。激しい展開にバイオリンが絡むと一気にマハヴィシュヌ・オーケストラ的な雰囲気になるのだが、その後の優美な場面こそがクロスの真骨頂でウットリとさせられる。クロスのバイオリンとフリップのロングトーンが絡む静パートは絶品。
シェイクスピア「ヴェニスの商人」に由来することわざ『All That Glitters Is Not Gold』をもじったであろう面白いタイトルが付けられている。

Disc 7.CD Oxford New Theatre 1972/11/25
正にブートレッグな音質。
『1.Larks' Tongues in Aspic ( Part I )』ここでは完成版のコーダ部分まで演奏され『Book Of Saturday』とは切り離されている。
『4.Improv : A Boolean Melody Medley』暗く悲し気な民謡調のメロディを奏でるギターとバイオリンで進行する序盤から、暗い曲調を保ちつつ次第に激しい展開へ。一旦静まりミステリアスな場面を経て終盤、ミューアのプリミティブな絶叫と共に盛り上がっていく様は凄絶。

Disc 8.CD Glasgow Green's Playhouse 1972/12/1
正にブートレッグな音質。
フーリガン的な騒がしい客がいる。
『4.Improv : A Vinyl Hobby Job』はオックスフォードの4.と同傾向の暗いメロディーで始まる。序盤はギターとバイオリン、パーカッションで民謡にしか聴こえない演奏がしばらく続くのはスコットランドという土地柄だろうか。次第にフリップのギターがロック色を強めていき、気が付くといつのまにか激しい弾きまくりに入っている。さらに静のパート、激しいパートと展開するのだが全体に民族的、土着的な雰囲気を感じさせる。最後の方ではミューアの凄絶な絶叫が聴こえる。

Disc 9.CD Portsmouth Guildhall 1972/12/15
英国ツアー最終日。ミューア在籍時で出回っているものとしては最後のライブ音源。
良い音質とは言えないがベースの響きだけは悪くない。
演奏内容は素晴らしいもの。
『2.Improv : An Edible Bovine Dynamo』は牧歌的な感じで始まりマハヴィシュヌ風ジャズロックへ変化していく。かなりのテンションの高さ。 『4.Easy Money』はインプロパートが凄まじい出来で、そこから続く『5.Improv : Ahoy! Modal Mania』はアヴァンギャルドな怪作。偶然なのかハウリングすら効果的に響き不穏な空気を醸し出す。こういう曲がミューア、クロスの本領発揮という感じで、特にクロスのバイオリンプレイは本BOXのライブ音源中ベストに挙げられると思う。全てが終わった後で鳴らされる、ミューアの何かを吹いている音と絶叫が終末的な狂気の世界を演出している。

このライブの後、ミューアがライブに参加したのは一度だけだ。アルバムのレコーディング期間を経て翌年2月ロンドン、マーキー・クラブでの2夜連続公演の1夜目を最後にバンドを去っている。脱退の理由として当時ロバート・フリップは所属するEGレコードから「ミューアは足首を痛めたことにより続行できない」と嘘の説明をされたのだが、本当の理由は仏教修行の道に進むためだったことを後に知ったという。
ミューアの脱退理由についてネットで調べてみると同じ怪我でも「足にゴング落として負傷」「自らが振り回した鎖が頭に当たり負傷」「ステージから転落・負傷」や単に「骨折」等、諸説出てくるのが面白い。

ミューアが仏門に入る動機を与えたのがパラマハンサ・ヨガナンダ著『あるヨギの自叙伝』という本。ミューアはビル・ブルーフォードの結婚披露宴で出会ったイエスのジョン・アンダーソンにこの本を薦め、その影響によりアルバム『海洋地形学の物語』が作られたという。

アマゾンでベストセラー。現在も影響を与え続けている。
あるヨギの自叙伝



Disc 15.Blu-ray Disc


Keep That One, Nick Larks' Tongues in Aspic LTIA Session Reels
Disc 10.CDのハイレゾ版。
レコーディング中のアルバム全曲分のセッション音源。
これはスピーカーで爆音で聴くと臨場感がすごい。まるで目の前でプレイが繰り広げられているような生々しさ。サブウーファーをオンにするとウェットンのベースの響きが増幅されてさらにド迫力。
まずは『太陽と戦慄パート1』を断片的に録音している様子から始まる。ブルフォードとミューアによる衝撃のツインドラム。混沌とした手数の中に2種類のハイハットが鳴っているのを聞き取ると、2人でプレイしている姿が浮かび上がってくる。これは完成音源からは分かり得ない発見で、単なるオマケ以上の価値が見いだせる。
『トーキングドラム』は2パターンが収録されており、どちらも現場のグルーヴ感に興奮させられる。
5.1chサラウンド版が磨き上げられた宝石であるならば、この音源はその原石と言える。


Alternative Takes & Mixes
Disc 13.CDのハイレゾ版。
音源としては『Keep That One, Nick』に近いものだが、ある程度作品としての体裁を整えられている。こちらも目の前で彼らが演奏しているかのような生々しさが最大の魅力。
『3.Exiles』はインストゥルメンタルの状態。これはこれで演奏の美しさが味わえる。
『4.Easy Money ( Jamie Muir solo ) 』はジャンクパーカッション等、何でもありのミューアの妙技を堪能できる。『イージーマネー』のマテリアルとして、普通では聞き取ることができない様々な音が分かる発見と驚きがある。さらに独立したパーカッション作品として鑑賞しても十分楽しめる。
『6.Larks' Tongues In Aspic ( Part II )』はフリップ、ウェットン、ブルーフォードの3ピース状態。ひたすらゴリゴリしたヘヴィネスだけがあり全く新しい感覚が味わえる。
この音源集を聴いていて思うのは、各マルチトラックを個別に聴ける音源が究極の作品かなということ。つまり全員がスティーブン・ウィルソンの贅沢を手にすることができるということだ。


Live In The Studio, Bremen
おなじみビートクラブの映像なのだけどライブ音源を聴き通して、あらためて観ることで『Improv: The Rich Tapestry Of Life』をより楽しめると思う。
この曲は本BOXのDisc 4、Disc 6に収録されたインプロと同系統だがいずれ劣らぬ名演だと思う。
モノラルではあるが音質も良く映像面でも存分に堪能できる。

フリップの弾き始めたメロトロン・フルートに対し、懐疑的とも取れる表情になってバイオリンを弾くのを止めてしまうクロス。この曲中クロスが見せる多彩な表情のなかでも特に味わい深い場面だ。
クロスはジャズ的フルートやバイオリンをギターように構えてのピチカート奏法など様々なスタイルを見せてくれる。ミューアは落ち着きなく動き回り、ジャンクパーカッション類、絶叫、笑い袋、さらにはホースホルンを振り回す。徹頭徹尾我が道をゆくウェットン。スマートなテクニカルプレイを維持しつつ興奮と陶酔に溺れるブルーフォード。ブルーフォードとミューアのツインドラム。時に激しくのめり込む情動的な姿を見せるフリップ……等々たくさんの面白さが詰まっている映像は観ていて飽きる事がない。

Larks' Tongues In Aspic 5.1ch Surround
ブルーレイにDTS-HD Master Surround、LPCM 5.1 Surroundが収録されたことで『太陽と戦慄』のサラウンド版を最高音質で手軽に聴けるようになったのが嬉しい。
神経質に繊細で神経質に狂暴な演奏。秘宝のように輝く何かを幻視する圧倒的リアリティ。遥か彼方まで奥行と広がりを感じさせる空間性。重力に圧し潰されるような感覚と無重力で漂うような感覚。
通常、音楽を聴くことで得られるものを遥かに超えた特別な体験がここにある。


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